信じること
2020年12月17日
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この時期になると、特に神社の前に飾られている多くの人の願い事の紙がつるされている光景を見る。以前、若い頃、韓国の教会の青年会のサマーキャンプで、みんなで書いた願いことを十字架に貼り付けて祈り、それを燃やしてキャンプファイヤーをやったことを思い出す。その時は適えられると信じていた。しかし、何を書いたのかを覚えていないので、あの時の願いが適えられたかどうかはわからない。聖書は、イエス・キリストを神の相続者と述べ、イエス・キリストを信じる者がその相続権を受け継ぐという。その権利を生かすためには、イエスがキリストであること、わたしの救い主であることを信じることが求められる。信じて権利を生かせば、きっとその相続の中に私たちが求めることも含まれているのであろう。しかし、難しいのは、「信じる」ということである。
「この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました」(ヘブライ人への手紙1:1~4)。